プロヴァンス オーナーシェフ
野村健二
福岡市中央区に南フランス料理店を開店してもうすぐ8周年。
今や取材も多数訪れる名店となり、夏には3店舗目もオープンさせ、順風満帆。
しかし、そんな野村さんにも開店当初の苦労はありました。
夜も眠れなかったという当時を振り返っていただきました。
プロヴァンスのホームページ http://provence-fukuoka.com/
プロヴァンス オーナーシェフ野村健二
こちらの店はオープンして8年目を迎えるそうですね。
- 野村
- はい、この秋で8周年です。10周年になったら何かイベントをしたいですね。これまでは特に何もせず、お客様に招待状を送って自分の「わがまま誕生日パーティー」だけをしてましたから(笑)。また、今年の夏には3店舗目もオープンさせました。3店舗ですからいったん区切りをつけてそれぞれの店の発展に努めています。
もともと金沢のご出身だそうで、福岡にはあまり縁がなかったと伺いました。
- 野村
- 妻の実家は島原で、そこに行くには福岡空港を経由します。その程度の縁でした。しかし、金沢、他にも東京や南フランスでも修行しましたが、それらを離れて新天地である福岡に降り立ち、店を実際に出したのは1年後です。福岡に住むことになって「さて何をしようか」と考えました。サラリーマンになるもよし、でしたが、結局自分のやってきた料理の道に落ち着きました。もちろん、修行時代に独立も考えていたのである程度の資金はためていましたよ。
開業にあたり苦労されたことは何ですか?
- 野村
- やはり資金繰りですね。当初の計画にあった予算の倍近くかかったんですよ。それというのも、当初は20坪くらいの店舗を考えていたのですが、その後のことも考えて、だいたい36坪くらいに。この時点で予算オーバーですよね。さらに不足資材や人員の調達。 その頃は眠れなかったですね。自分の目に見えないところで巨額のお金が動いているんですよ。「返済できるんだろうか」「開店後は大丈夫なんだろうか」と思いましたね。それに、某金融機関から貸し出しのOKが出たのは開店2ヵ月後ですよ。それまでは不安の連続で、深夜4時に突然目が覚めたりしてました。知人から紹介された銀行の方には大変お世話になりましたねぇ。資金をまかなうにあたって、人と人のつながりの大切さを実感しました。周りの人の協力があってこそ独立できるわけですから。
独立の最初の難関ですね。ところで、なぜ敷地面積を広げたのですか?
- 野村
- 料理の世界はサービス業です。景気に左右されますし、天候に左右されることもあります。いつ何時お客様が来るかわかりません。店を広くするということは、店のキャパシティを拡大しておくということ。パーティー予約も取れますし、大勢のお客様を受け入れることができます。これは後から変更するのは大変です。それなら初めから広くしておこうと思いました。最初にケチなことを考えるより、自分のしたいことを全部できる店にしておこう、と。それは正しい選択でしたね。
立地条件として考えたものは何ですか?
- 野村
- そうですね。飲食業界においては立地が生命線です。私が好んだのは、人通りは多からず少なからず、路面であること。マンションの2階などではダメ。裏通りもダメ。認知度アップのスピードが遅くなってしまいますしね。ここ赤坂は知らない土地から来た人にも案内しやすいんです。たまたま空いてた物件ですばらしいものが手に入ったので運が良かったです。
そう考えると、ここ赤坂は絶妙な立地ですね。資材・設備は新規に調達したのですか?
- 野村
- 基本的にはそうですが、1点だけ以前の入居者から引き継いだものがあります。それは、天井と床です。ここは以前、宝石店だったそうで、そのインテリアが私の考えていた南フランス風のイメージにそのまま利用できたんです。大理石の床に天井はご覧のような特徴のある梁です。 そのほかの資材は予め調達していましたが、いざ開店となってから「あれがほしい、これが足りない」などで、しばらくは出費がかさみました。必要なものだからしょうがないですけどね。
開業に関してのノウハウは勉強して得たものですか?
- 野村
既に開業していた知人が何人かいましたから、ある程度の手順は教えてもらいました。どこからお金を借りるか、などですね。また、福岡に来てから1年間、いろんな飲食業界でアルバイトをしていましたから、食材の流通ルートに関してもある程度わかっていました。ただ、実際に計画するのと実行するのでは大違いです。3店舗目を出したときにはさすがに慣れていましたが、学んだことは「こんなところからもお金を借りることができるんだ」ということ(笑)。予算計画などはうまくいきませんでした。資金関係は何度やってもうまくいきませんね。予定外のことが必ず発生する。
修行時代は「雇われる立場」。しかし、開店してからは「雇う立場」です。立場が変わったことに関しての心境の変化などを聞かせてください。
- 野村
- 私、これでも26歳くらいから料理長だったんですよ。だから、上からモノを言うのには慣れてました(笑)。ただオーナー・経営者という視点で考えると、文句や説教を言おうにも、その不手際の原因が自分だったりすることもあるんですよ。たとえば、「モノがないから」「設備が悪いから」「皿の数がすくないから」など、すべて私の責任なんですよね。だから、従業員には強く言えなくなりました(笑)。自分が少し丸くなったかも。料理長のころは言えたんですけどね。料理のことだけ考えていればよかったから。でも、オーナーになるということは経営をするということ。料理以外のことが大変な毎日です。
開店当初の苦労話を聞かせてください。
- 野村
- 最初はお客様が来なかったですね。福岡の土地柄を知らなかったこともあるのですが、最初は4000円弱のフランス料理を出してたんです。この値段ならお客様も来るだろう、という遠慮した価格設定です。フランス料理は8000円以上が相場だから格安ですよね。でも、ダメでした。 そこで、800円くらいの単品を多く用意して黒板に書いて店頭に置いておきます。その中に、少し高めの商品も記入しておく。そうすると、徐々にですがお客様がいらっしゃるようになりました。さらに、お客様が注文されるのは、単品800円のものではなく8000円コースだったりするんです。 なぜなら、お客様は店内の雰囲気を味わいに来ている。うちの店は一流建築士に設計してもらったんです。その建築士は今や東京で引っ張りだこなんですが、そんな内装に800円の単品では雰囲気が台無しです。だから高いものを注文する。私たちの仕事は食事を提供するだけでなく、雰囲気も提供しますから。それに気づくまでに時間がかかりました。
軌道に乗り出したのはいつ頃から?
- 野村
- 1年〜2年後くらいです。来ていただいたお客様にこまめに連絡を取っていました。訪問したりすることもありました。大切なお客様にはまた来ていただきたいですからね。ただ、最近はお客様が多くなって、そういうコンタクトが怠慢になってます。きちんとしなくちゃいけない。 それから、さっきの4000円の料理の話。結局、よくある8000円超の値段に設定したのですが、それからお客様も増えたような気がします。8000円という値段は高いようですけど、意味のある値段だったとわかりました。
今では開店時の不安は消えましたか?
- 野村
- いやいや、毎日が不安ですよ。例えば、明日突然お客様が来なくなったらどうしよう、とか。そうならないために毎日コツコツと何かを積み重ねておくことが大切だと思うんです。入店時のあいさつや、お礼状・案内状を出したり、お客様の好みやシチュエーションを考えた料理を提供したりする。これらは一朝一夕にできるものではありません。まさに「継続は力なり」で、8年間続いています。 最近では雑誌の取材にも来ていただくこともありますし、ありがたいですね。
2店目という「事業拡大」を考えたきっかけは?
- 野村
まず、ここプロヴァンスはフランス料理の店です。お客様がパスタを食べたい、と言っても
「すみません。うちではやってないんです。」
となってしまいます。パスタはイタリア料理ですから。だから、2店目進出の理由はお客様の要望を満たすこと。それと、自分がイタリア料理をしたかったから。修行で滞在していた南フランスはイタリア国境近くで、食文化も共存していましたから。フランス料理はメインだけど、イタリア料理も作りたい。だから2店目はイタリア料理店です。
今、独立して開店を考えている読者にアドバイスをお願いします。
- 野村
- そうですね。「したいことを、したいがままにする」ことです。自分のやりたい仕事は全部してしまいましょう。資金繰りはどうにかなります。というか、どうにかする、という意欲が必要です。 それから、立ち上げ当初はフットワークが必要ですね。開業当初のお客様をいかにしてつなぎとめるか、新しいお客様をどうやって抱え込むか。これらはフットワークにかかっていると思います。最後に人間関係ですね。どんな人とも良い関係を築いていくと、どこかで必ず役に立ちます。


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